まえがき
前回の記事を読んでいない方は、是非こちらからお読みください。
幼稚園、小中高と私は所謂、「目立つ子」でした。
幼稚園では、同じ年かどうかは覚えていませんけど、
体の大きなY君が恐怖で支配をしてましたね(笑)
休み時間に閉めきらてた教室で
男の子のほぼ全員が左右に分かれ正座し、順番に一人づつ真ん中に立たせて、
Y君がステージから飛び蹴り。
そして全員が拍手ー(笑笑)。マンガの様なホントの話。
ほぼ全員というのは、「私」と私の友達「T君」の二人は傘下に入っていませんでした。
どうやってその支配から逃れたのかは覚えていませんが、
とにかく、私たち二人以外は全員Y君の暴君に屈していました。
ある時、休み時間にお遊戯室を閉め切って恒例の飛び蹴り
儀式が行われていました。
いつもは興味なく二人で遊んでいましたが、その時は戸を少し開けて
私たち二人で覗いていたのです。
すると、運悪く誰かが気付き、私達二人はその儀式の生贄に。
先ず、T君が蹴られ、泣き崩れていました。
次は私。後ろ向きに立たされていると、
ドンドンドンと走って近づく足音。
その音が消えた瞬間「今だ!」と避けました。
「ドターン」。暴君は床に落ち泣き出しました。
すると、誰かが先生を呼びに行って、連れて来ました。
どうなったと思いますか?
「私が一方的にY君を倒し泣かせた」と満場一致の証言で、
怒られたのは私(笑)
それから、友達のT君は毎日全員からイジメられ、
私はあの手この手と次々にケンカを吹っかけられる毎日。
勝つのは私なので、先生に怒られるのも私。
私は全ての先生から問題児として見られていました。
だって、ケンカの経緯証言がいちいち、全員の捏造報告でしたから(笑)。
絶対多数が正義で真実は悪。何も反論をしなくなりましたよ。
小学生の時は「私とI君」がガキ大将。
この二人は正反対でI君は暴君Y君タイプ。
幼稚園と違うのは私とI君が仲良しということ。
I君はゾロゾロと仲間を従え、集団が苦手な私は
好きな時に好きな人といました。
必ず、イジメというものは存在してました。
いじめられっ子は大体何人か決まった生徒ですよね。
私はカッコ良く言えば中立。悪く言えば興味無し。
ですから、気まぐれで、いじめられっ子とも仲良くしました。
五年生の時、クラスに戻るとI君が女子Aさんとケンカしていて、
I君がAさんを後ろのロッカーに抑えつけてました。
そこへ先生が登場し、騒ぎを沈めて反省会。
「誰かー、何が起こったか見た人はなんでもいいから言いなさい」
I君怖さに静寂が続いてました。静寂の耐えられない私は手を挙げて
「I君がAさんをロッカーに押し付けていました」
と、先生の言われるまま、見たままを発表。
その後、I君と男子全員が私の敵になりました。
これ、どこかで経験が・・・(笑)
でも、元々、一人、色んな子と話ていたので、
興味や嗜好が合う、女子グループとも仲良かった。
程なくして関西から転校生が来ました。
残念ながら、直ぐにいじめられっ子へ配属。
ある時、私は職員室にて居残りからやっと解放され誰もいないはずの
教室にカバンを取りに戻ると、その転校生が一人うずくまって居ました。
「どうしたの、帰らないの?」と尋ねると、
「昇降口にSが僕を待ち構えているから帰れない」
とのことでした。
「S君」は、いじめっ子グループのリーダーでした。
「へー。なら一緒に帰ろう」
怯える転校生を促し下駄箱へ。
ワラワラと現れるS君とそのとりまき。
「オイ!〇〇!隠れてんじゃねーよ」
次の瞬間、私に気づいたS君は
「え!なんで〇〇(私)といるの?」
「お前らが怖くて帰れないって言うから一緒に帰ってる」
それから、転校生とも仲良くしましたが、親の都合の為、
半年くらいでまた、関西へ転校していった。
でも、事ある度にずっとハガキで近況を送って来ました。
因みに彼は高校でボクシング部に入りかなり強くなったそうです。
こんにちは、ともきです
縁あって、b-LIGHTに掲載させて頂く事になりました。
ここでは、私なりに学んできた「見方、考え、意識、感情の在り方を知る」
を綴ってゆき、一人でも多くの方に、一つでも多くの
LGBTQやジェンダーポジションが原因のネガティブをハッピーに出来れば、
私がハッピーになれるという自己チューの掲載です。
大人の偏見はマジョリティ教育
偏見、差別は「非常識」への排除行動ですね。
「常識」をマジョリティとし、それが正義で善である教育を受け続けています。
「常識」を調べますと、
「一般の社会人が共通にもつ、またもつべき普通の知識・意見や判断力」とあります。
どこにも、「正しいこと」や「善」であるとは、書かれていません。
「共通」とは、決められた同じ生き方をしよう!
ってことになりますよね。
他の解釈では「ある社会のある時期において」ともあります。
地域や時代によって、異なったり、変化したりするという事です。
ですから、「常識」をあたかも「絶対善悪の基準」に扱っていますが、
「多くの人」、所謂、その場所、その時期限定のマジョリティかどうかだけです。
それで、人の価値がどうのみたいに言動する人が残念な思考です。
戦時中は多くの敵兵を殺せば名誉勲章でした。
今は殺人犯です。
これは、小さな社会でもそうです。
代表的なものが「会社」ですね。
私の在籍していた前職の会社は典型でしょう。
トップの代表は小説、ドラマでの暴君が可愛く見える様な
理不尽で不条理を創り、暴力とパワハラが歩いている様なもの。
あそこでの数日を表に出せば、労基や民事、刑事事件の
オンパレードでしょう(笑)
本人はその全てを「正義」とし「俺は社員を幸せにしてる」
と豪語しています。
私が在る程度の抑止力になっていましたので、
私が辞職した後に多くの社員が退職したと聞いています。
その時も辞める社員が「お前は地獄に落ちる」
と怒鳴り散らされたと聞きました。
「在る程度の抑止力」
そうです。
私も長い社会人教育で「常識」に染まっていたのです。
その時の自分を責めません。
ここでLGBTQの方々にも理解しておいて頂きたい事は、
マジョリティ(常識)の人はその常識の拘束で不幸なのです。
マイノリティの方々は不幸な人(常識マジョリティ)を見るから不幸なのです。
一番不幸な事は、
常識人が自分の不幸に気付いてない事です。
そして、それが、正しく、善だと思い込み、
自分以外を偏見、非難、排除しようとします。
感情、思考、行動の自由=幸福な人生ですよ。
他者承認、物質的豊かさ=拘束な人生です。
大事な絶対法則
皆さんは、「陰陽」とか「正負」の法則や
「二元論」を聞いたことありますか?
科学、化学では「異化同化」と表現します。
「表裏一体」は何となく耳にした事があるのではないでしょうか。
これは、一見すると真逆や敵対を表していますが、
本質は、「敵対する二つ」は「対(つい)でもある」という事です。
表は、裏が在るから存在できる。
犯罪は、被害者が居るから。
・・・。
私の幼稚園からのエピソードを紹介致しました。
他者からも「普通じゃない事(人)と遭遇する珍しい人」
とよく言われていましたし、流石に自分でもそう思っていましたよ。
これは、最初のコラムを読んで頂いた方にはピンと来ると思います。
「私が誰よりもこう生きれば、誰よりも反対側と関わる」
事なのです。
解りやすく日常に落とし込めば、
- あいつのああ言うところは許せない
- 上司の〇〇は人として最低
- 政府議員はボンクラ揃い
- 何故、誰も助けてくれないの
- 芸能人の〇〇消えて欲しい
(最後のはあなたに関係ないゴシップですが多いですね)
「きっと地獄に落ちるわよ」って。
残念ですが、地獄なんてないのですよ。
そうなのです。
あなたが他者(事)へ、ネガティブな問題と思えば思うほど、
あなたのネガティブな存在になるのです。
表裏一体。タチ悪い法則ですよね。
ネガティブ抜けの原理
LGBTQの方々は生まれ持ってのマイノリティで出口の見えない問題の中
生きていてくれて本当にありがとう。
一つでも少しでも楽になればとこの記事を綴りました。
出来ることから実行して頂けたら幸いです。
先ず、
ー絶対に自分の性認識や性指向を否定しないー
逆に
ー自分は人が持っていない感情思考を持っている特別な存在ー
と肯定し自分を宝物の様に思っていてください。
を前提として読み進めてください。
そして
- マジョリティは常識という誰かが造った生き方でそれに従う事は自分の人生を放棄し苦しい生き方をしている人達なんだ。だから私達の方が幸せ。
- 本当は一人一人、唯一無二で全員違うから、マイノリティもマジョリティも表向きの幻想。
- マジョリティに変わって欲しいと思えば思うほど変わらない法則なんだ。
- 他者を介在や依存することより、自分が想い描く生き方(言動)をする。
- 今の不足から未来を変えようとせず、今の1秒1秒を楽しい事や、幸せな方を探し向く。
- 誰であれ、あなたを幸せにすることはあり得ません。何故なら、本当に楽しい事や本当に幸福であることが、皆違うから。それが親であれ、家族であれ。あなたが思う生き方があなたの正解で、あなた以外の他者全ての不正解。
非常識のススメ
常識がどんなに愚行で不条理でもそれに闘わず、自分がそこから立ち去る
感情的ジャッジを外(人や社会、環境)へ向ければ陰陽表裏は一体になりネガティブな外は悪化する。
相対的比較に自分を入れない。
自分は自分。
楽しい「こうなりたい」を妄想、言動していれば
勝手に周りが変わります。
無理に社会に合わせる事は不幸で、そこには出口はありません。
LGBTQの方々は周りを、見ざる、聞かざる、言わざるで
幸せいっぱいの生き方、自由を選択した幸せ人生を
常識マジョリティの方々にも
伝え教える立ち位置だと
私は思って止まないですよ。
次号はLGBTQの方々が問題としている
具体的な事柄を非常識な私、ともきが
俯瞰してお届けする事を
妄想しています。
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