はじめまして、真野いずみです。
自己紹介のはじめにわたしの属性を並べてみようと思います。
ほぼシスジェンダー女性、バイセクシュアル(女性にリスロマンティック)、アセクシュアルです。既婚、DINKs(「Double Income No Kids」の頭文字をとった略語。自分たちの意思で子どもを持たない共働きの夫婦 )。
アイデンティティの中で大きいのは“異性のパートナーと法律婚をしているアセクシュアル“かな、と思います。
小さい頃
小学校、中学校の頃は好きな男子はいましたが、片想いばかりでなにか行動することはないまま。どちらかといえばクラスの女子が男性アイドルに夢中な一方でマンガのキャラクターをカラーコピーして持ち歩いていました。
高校生になり、部活が同じだった男子にほぼ三年間片思いをして過ごしました。その子に彼女ができてコンビニの前で泣いたりもしつつ、そのまま片思いを続けました。この辺り、のちのリスロマンティックとなんとなく重なっているような気もします。クラスメイトにはお泊まりをするような子もいて、彼女たちはあけすけに語っていましたがこれはなんの話なんだ……くらいに聞き流していました。
10代後半〜20代前半
高校を卒業し、学生時代はとくに彼氏ができることもなくアルバイトと2次元に夢中で過ごし、社会人になりました。
こうして大したことのない“普通“の20代前半になりました。アセクシュアル自認のきっかけは、彼氏いない歴が長いことに焦ってマッチングアプリで作った彼氏にクリスマスの旅行に誘われたことでした。
今思えば彼氏いない歴に焦ることもなかったのかもしれないのですが、当時はヘテロセクシャルだと思い込んでいたので喪女(意味は検索してみてください)であることを恥じていました。
しかし、付き合って3ヶ月程度で泊まりの旅行に誘われ、数日後には別れを切り出したような気がします。性的欲求が自分に向けられているのがひたすらに嫌だ、ということで頭がいっぱいでした。
同じ頃に推し(コンセプトカフェのキャストさん)に会いに行くようになり、彼女に対しての気持ちはなんだろう、と考えました。
好き。友達になりたいとも、付き合いたいとも思いませんでしたが、これは恋愛感情なのだろうなと思いました。わたしは彼氏のことが何ひとつ好きではなかったし、彼氏よりも推しの方が好きだと思うようになっていました。
それより前に、仲の良い同性の人がいました。いろんなことを打ち明けていて、この人なら付き合えるかもしれない、ということがうっすら頭の中にありました。
同性と付き合えるかもしれないと思うのは初めてではなく、学生時代にもそう感じた相手はいました。ただ、その気持ちが育つまでどうやら長く時間がかかるようでした。
自認へ
上述した彼氏と別れてから、性的な好意を向けられることへの嫌悪感は私にだけはあるのか?と思い、インターネットやツイッターをひたすら検索しました。折しも当時はLGBTへの理解が叫ばれつつあり、渋谷区でパートナーシップ制度ができて数年。インターネットには情報がありました。ノンセク、というのが当時出会った言葉でした。同時にリスロマンティックや、デミロマンティック、デミセクシュアルという言葉も知りました。
まとめると友達や知り合いの同性にたまに恋愛感情を抱くことがあり、でもそれは異性に対してよりかなり薄い衝動。消費者として接する同性──アイドルなども含め──には、片思いするのが好き。そして、異性に恋愛感情は強く抱くし、交際したいけれども、性的に求められることは苦痛。
自分だけではない、ということに安心し、ブログやnoteにいくつか記事を書いていました。
のちにパートナーと出会い、パートナーはわたしが書いていた記事をすべて読んだ上で話し合い、交際、そして結婚に至りました。
既婚者でも、セクシュアルマイノリティはいる
傍目には子どものいない既婚者でしかありませんが、バイロマンティックのアセクシュアルという自認で生きています。最初にほぼシス女性と書いたのは、たまに男っぽくなりたい時があるからです。自分が女性であること、女性として見られることにに拒否感はありませんが、アンケートなどで男・女・その他の選択肢があるとその他にします。(一部の職業で女性の服装にスカートやパンプスが規定されていることへの拒否感もあります)
このサイトでは、LGBTの四文字からは外れてしまう、アセクシュアルやアロマンティック、そしてグラデーションのデミセクシュアルやデミロマンティックについて書いていけたらな、と思います。
また、わたしと、わたしの出会ったことのあるアロマンティックやアセクシュアルの人が少なくとも身体的には女性に偏っていることについても考えてみたいと思っています。
どうぞよろしくお願いします。